クリスマスとは
この時期に行われていた古代よりの太陽信仰、樹木信仰などの儀礼を取り込んだ
というより取り込まざるをえなかったキリスト教のお祭りで、12月25日から1月6日の間を指します。
聖書のどこにも12月25日に生まれたとは書かれていませんが、古代からの太陽信仰や冬至祭という
打ち消しようもない根源的、普遍的な儀礼を飲み込むためには、この期間に重大なキリスト教的解釈を
与えるしかなく、復活とともに最も重要なキリスト生誕を太陽の生誕とすりかえたのでした。
と言う訳で、とても複合的で、多用な古代宗教や慣習が盛り込まれています。
クリスマス最終日のエピファニアについてはすでにご紹介しましたが、12月に入る頃からクリスマスにむけて
重要な日がいくつか続いていきます。4日のバルバラの日(この日プロバンスではクリスマスの準備を始めます。
また「バルバラの麦」と称して水を入れた皿に麦を蒔き、クリスマスまでに芽が出そろうかで翌年の豊凶を占います。
これと似た風習をイランの映画の中で見かけました。)、6日のニコラスの日、13日のルシアの日、20日前後に冬至。
そのあとも26日のエステバン(エチエンヌ)の日、28日のイノセントの日(エイプリルフールの起源は
この日にあると考えています。このことはまた「4月1日のお菓子」の時に!)、31日のシルベストルの日、
元旦の新年の日、最後が6日のエピファニア(王様の日)です。
私は古い歴史があり、異文化の交わる土地、そしてカトリック色の濃厚なカタルーニャのクリスマス
(ナダルNadal)を中心の視点としてクリスマスを考えています。
スペイン・カタルーニャにはサンタクロースは存在しません。
今やかなりの国際人となったサンタクロースは、アメリカの広告代理店のオフィスで生まれた
アメリカ商業主義の守護聖人とでもいった、幸福の象徴のような存在ですが、
スペインではクリスマス商戦のハデな着ぐるみのサンタクロース風のおじさんは
「パパ・ノエル」としてプレゼントではなく、チラシをくばっています。
スペインでは東方の三賢王たちが幼子イエスにしたように、贈り物をしてくれます。
子供たちの守護聖人でもある聖ニコラスと混同されることもありません。
12月6日のニコラスの日は本来の司教様の恰好をした聖ニコラス(二コラ)を祝っています。
オランダにはシンタクラースSINTERKLAASという贈り物をしてくれるおじさんが昔から別にいるそうです。
(サンタクロースの産みの親である広告代理店のコピーライターはオランダ系アメリカ人かもしれません。)
ですからニコラスの日には司教様の恰好をした聖ニコラスがスペインから!船でやってくるそうです。
冬も本番のこの時期には太陽の力が衰えるため、古代より様々な儀礼がなされてきました。
また来年も太陽が輝き、みのりがあるようにという祈りはあらゆる文明で共通のものです。
クリスマスの食卓は、元来死者をもてなす食卓でしたが、キリスト教化、そして近代化されていき
社会が安定した現代になると、人々はもうそれほど自然現象に畏れを抱かなくなってしまいました。
儀礼的意味合いが薄れてきた結果、贈り物やもてなしの行為だけが残されたと思われます。
そこへサンタクロースという存在がぴたりとはまり、贈り物をしてくれるちょっと非日常の存在である
サンタクロースという名のサーメ人の民族衣装を思わせる恰好の不思議おじさん(ラテン系の言語では
「サンタ」はサンタ・マリアというように女性につけられる形容詞です。ちょっと異様な感じがするのは
私だけでしょうか?)を現代が必要としたのではないでしょうか?
時期も資本主義の発展と重なり、豊かさという憧れのイメージとともにこれほど広まったのでは?
日本にも古代よりの儀礼として、大晦日の「なまはげ」の風習が残っています。
これは今では世界中でサンタクロースが引き受けてしまいそうな勢いの、
自然界よりの贈り物(みのり)を約束する霊の日本版です。
フランスでも、今世紀の初めくらいまでは、聖ニコラは「鞭のおじさん」と呼ばれる
悪い子にお仕置きをする粗野でみすぼらしい恰好の白樺の枝の鞭を持ったおじさんとペアで
やってきたようですが、いつの間にかこのフランス版なまはげは姿を消したようです。
カトリック教会にとっては、異教の存在でしたから歓迎すべき消失でしょう。
それとも、どこかの地方でこの慣習がのこってるかもしれません。
また、カトリック教会はサンタクロースも大真面目で火あぶりの刑に処したりしました。
この滑稽な事件に関してレヴィ・ストロースが論文で取り上げています。
参考図書
「誰も知らないクリスマス」 舟田詠子著 朝日新聞社 1999
「サンタクロースの秘密」 クロード・レヴィ・ストロース著・中沢新一訳 せりか書房 1995
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