
十団子の化石?
新潟の柏崎に全国の郷土玩具を集めた「痴娯の家」(ちごのや)があります。 目的のものはなかったのですが、行ってみれば、いくつもの新しい発見がありました。 さらに、館内には柏崎の「いんころ」、秋田県湯沢の「犬っ子」などのしんこ細工がたくさんあり 東京へ戻り、仕事でも菓子研究に携わっている友人にこのことを話すと さて、江戸時代の十団子の話はおもしろく、宇津ノ谷峠は東海道の難所としても有名だったため、
こちらでは、柏崎で雑貨問屋を営んでいた岩下庄司氏が、明治・大正・昭和の60年に渡って
仕入れ、販売の折々に、ひとりで集めた5万点ものコレクションの一部を公開しているのです。
そのため、今ではすでに廃絶した郷土玩具などが所狭しと並んでいます。
昔赤坂にあった郷土玩具の店「撰」で、学生の頃についにアルバイトまでしていたことのある私は
こうした郷土玩具には目がなく、和菓子をデザインする時のベースにもなっています。
今回もわざわざ出かけて行ったのは、唐菓子と関係深い土人形に出会えるかなぁと思ってでした。
そのひとつが上の写真の「十団子」でした。
どの所蔵品にもきちんと地名や名称などが墨書きされた、和紙のタグがついているのですが、
これはお団子?と気になって見せていただくと、「陸前 松嶋 十団子」と書かれていました。
見た感じ、これはしんこ団子のようでした。
極めつけは下の、まるで発掘された化石のような団子でした。
和紙のタグには「駿河 宇津ノ谷 十団子」と書かれていました。

「宇津ノ谷の十団子(とうだんご)ね!」と即答だったのです。
まもなく彼女から届いた江戸時代の様子も書かれた資料にはとてもとても興味深いことがどっさりでした。
また、なんと宇都ノ谷では現在も地蔵盆の日にお寺の境内で売られていることも判明。
今年は当日仕事に追われていて、訪れることは断念せざるをえませんでしたが
現在の十団子は白一色で10個つなげたものを9連1束として作られているので
どちらかというと陸前の十団子に近い形状で再現されてるようです。
資料には「宮城県の塩釜にも」という記述があり、きっと一番上の写真の団子ではと勝手に思っています。
ここを通る旅人(小堀遠州や滝沢馬琴なども)が峠の茶屋の十団子の話を記録しているのです。
写真はカラカラに乾いてしまっていますが、当時も硬く乾燥した粒団子状で数珠のようだという記録もあるので
あまりに皮だけのような様子の写真から想像するに、少なくともこれは中が空洞の霰タイプだったように思います。
こういう霰タイプの洗練されたバージョンとして、讃岐の「おいり」がなんだか近い雰囲気があるように思いませんか?
この十団子、昔は各地にあったとか?これからも目が離せない?菓子です。
「痴娯の家」さんの館内の一部です。郷土玩具好きにとっては帰りたくない!場所です。

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