縁起菓子

宇津ノ谷の十団子

柏崎の郷土玩具館「痴娯の家(ちごのや)」で見た、とても古い十団子が今もお守りとして
地蔵盆に寺で授与されていることを知った時は驚きでした。
今年やっと念願かなって、祭礼の日に宇津ノ谷の慶龍寺へ出かけてきました。



現在の十団子は思っていたより小粒。小豆粒ほどの団子に丸めたり、1粒づつ糸を通したり、
細かな作業なのに、文字通り粒揃い!の可愛らしい数珠のようなお団子です。
今も米を粉にひくところからつくるそうですから、大変手間のかかったお守りです。
家の軒先にさげ、厄除けとするそうです。慶龍寺にも1年間割れることなくさがっていました。

十団子の由来は慶龍寺の縁起によるとおよそ下記のような内容です。
「宇津の谷の北にあった梅林院の住職が難病にかかり、小僧に膿血を吸わせるうち、
その小僧は人肉の味を覚えてしまい、ついに人喰い鬼となり、峠に棲みついてしまう。
旅人は鬼を恐れ、峠に人気の絶えた860年頃、東国下向途中それを知った藤原業平が、
野州素麺谷の地蔵尊に鬼神降伏を祈願したところ、忽ち地蔵尊は遊歴の僧となり、この地に出現。
鬼神との問答の末、極小の形となり掌に乗ってみせよと言うと、鬼は忽ち小さな玉となって僧の掌に乗ったので、
すかさず僧が杖で打つと、十粒にくだけ、僧は一口に呑み込んで化度してしまった。
これ以後菩薩はこの地に留まって峠を守り、十団子を道中安全だけでなくすべての厄除けとした。」


お土産用の食べられる十団子。餡なしの五色団子です。

同じような十団子は以前も売られており、下の写真は50年前の包み紙と駅貼りポスター(ともに慶龍寺蔵)です。
十個のお団子に囲まれた鬼の面(下右写真)がおまけにつけられたこともあったそうです。

熱田神宮の藤団子(十団子)、韮山荒神の十団子などは、今もお菓子屋さんがつくっていらっしゃいますし、
各地で変形しながらも、どこかにまだ「とおだんご」が残っていますように!


宇津ノ谷の昔の賑わいを思わせるように両側の家々に屋号が掛けられている。十団子も!
この辺りの家が何軒も十団子をつくっていたといわれています。食べられるものもあったとか。
険しい峠を通っていく旅人にとっても心躍る街道の菓子だったのではないでしょうか?

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2004.8