喜多見の粟穂稗穂「アボヘボ」

東京世田谷区の中でも、高い建物もなく、歩いていてもなんとなく気持ちのよい喜多見。
中世、江戸の町ができる以前に、一地方である江戸を治めていた江戸太郎重長の末流といわれる
喜多見(江戸)氏が移り、治めた喜多見には古い習俗がよく残され、何度か訪れています。

その喜多見の氷川神社で元日に授与される「アボヘボ」とは、粟穂と稗穂のことで、
小正月のツクリモノ(まゆだまや削りかけ)には欠かせない「アワボ」「ヒエボ」です。
まゆだま飾りの中でも、今ではほとんどつくられなくなった飾りものに、粟穂と稗穂、そして稲穂があります。

私はこの稲穂「イナボ」がとても美しいと思っています。
2005年の春展↓でも各地のまゆだまを再現し、「イナボ」をつくりました。


粟穂と稗穂は、木(削りかけなど)でつくられることが多いですが、
まゆだまの枝に、粟を混ぜたダンゴ生地等でつくった「アワボ」をさすこともあります。
写真では、わかりにくいですが、モチ粟だけで「アワボ」をつくってさしてあります。かんざしのようなものが「イナボ」です。

この「イナボ」を「餅花」と呼ぶ地域もあります。まゆだまの枝の中に、「餅花」を下げるわけです。
小さな餅がつけてあるミゴ(稲穂の芯)が柳の枝に替われば、西日本に多く見られる「餅花」ですね。
豊穣を祈る最もシンプルな形ということでしょうか?

お米、お餅が一番のハレの食事だった時代、粟や稗が日常食でした。
ですから、生きる糧である「アワボ」「ヒエボ」もつくり豊作を祈ったのだと思います。
氷川神社では、冬至にこの「アボヘボ」をつくられるそうです。
神域にあるニワトコの枝を削りかけて稗を表わし、そこに粟穂そのものがさされています。

そして、元日にこの「アボヘボ」を梅の一枝と一緒に授与されます。梅の枝にさして飾るものだそうです。
氷川神社では、この梅の一枝を、「アボヘボ」の授与所の横に縄を張って、そこにたくさん下げてあり、
「アボヘボ」をいただくと、隣で梅の一枝を自分で選び取り、いっしょに持ち帰るようにされています。
梅の「すわえ」(新しく勢いよく伸びた緑の枝で、生命の兆しの呪力を持つ)の意味もあるのでしょうか?
また、その昔は各家でもつくり、割竹などにさして、門口などに立てたこともあったのでしょうか?


氷川神社では、「松竹梅」にさす「アボヘボ」もあり、お正月飾りとして素敵でした。

「餅花・まゆだまについて」かわら版「餅花からお炒りへ」では「餅花」、「まゆだま」について少し書いています。
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2009.1