甘木の「ばたばた豆太鼓煎餅」と「かわ茸彩花」

甘木(福岡県朝倉市)という地名に、甘いものがたくさんなる木の民話でもあるのでは?と
ワクワクしてしまう私ですが、町の名の由来は延命地蔵を祀る甘木山安長寺にありました。

霊験あらたかなお地蔵さんの初市には多くの参詣者がやってきて、市が立ち賑わったそうです。
安長寺の門前町が甘木の町のもとになったともいわれていますし、
この土地が博多と日田(大分県)を結ぶ街道が通り、小倉から久留米やさらに南へとのびる大きな街道も交差する
交通の要所でもあったことも大きかったのでしょう。

安長寺門前では、1月の初市からはじまり、定期市がたくさん立つようになったようで
二日町、四日町、七日町、八日町という町名があることからも、盛んだったことがわかります。
写真の「ばたばた豆太鼓煎餅」をつくる花房屋さんも四日町にあります。


初市で売られる豆太鼓には愛らしい子どもの笑顔。その裏には延命地蔵の朱印も。

初市で売られた「豆太鼓バタバタ」は、疱瘡(天然痘)除けの玩具として人気があったため、
初市を「バタバタ市」とも呼ぶようになったそうです。

この太鼓を両手ではさみ、勢いよく回転させると、糸でつけた大豆がバタバタと音を立てます。
その音には厄や病を打ち祓う霊力があるようです。
この縁起物を煎餅にしたのが「ばたばた豆太鼓煎餅」です。
江戸時代から砂糖きびの栽培をしていたという、市内の三奈木産の黒糖が使われ、
甘木らしさ満点のかわいらしいお煎餅です。

花房屋さんは先代が分家して甘木に移りましたが、ご本家は明治の初め頃から昭和30年頃まで、
筑後川を挟んだ吉井町(うきは市)に続いた「富庄」という総二階造りの大きな菓子屋だったそうです。
たくさんの奉公人がいて、賑やかに繁盛していたのかしら?と想像します。


箱の裏は絵馬のデザインになっていて楽しい。






「川茸」は「水前寺のり」と言ったほうが聞き覚えがあるでしょうか?
江戸時代、甘木の黄金川に生育する天然の川のりが発見されました。
食品として加工されるようになり、地元の秋月藩や熊本の細川藩でも献上品となりました。
その名の由来ともなった、熊本市内の水前寺成趣園の湧水池で自生していた「水前寺のり」ですが、
天然のものは熊本ではすでに絶滅してしまい、甘木にわずかに残るのみのようです。

その貴重な川茸を砂糖漬けにしたものが、花房屋さんの「かわ茸彩花」です。
砂糖漬けといってもやさしい口当たりで、磯臭さもないためか、はかなく上品な印象です。
秋月藩の御用をされていた遠藤家でも、「翠雲華」として季節を限り、つくられています。

現在、天然の川茸は、甘木で2社が採取しているそうですが、
地元紙などでも再三取り上げられているように、水質変化による絶滅が心配されています。
最近の研究でわかった驚くべき特質をもつこの川茸(水前寺のり)がなんとか続いてほしいものです。


生の川茸も販売。料理にも簡単に使えてうれしい。



甘木の花房屋さんに伺ったきっかけは、この地域ならではの七夕菓子でした。

このあたりでは、七夕を旧暦で行い、七つの子のお祝いとなっているのです。
いけばな小原流の会員誌『挿花』に現在連載中の「ふるさとのお菓子を訪ねて」8に掲載予定です。

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2014.7