昔、よその家で、中華まんじゅうをご馳走になった時のこと。
_あの頃はまだ支那まんじゅうと呼んでいましたっけ。今の肉まんです_
噛んでいると口の中で噛み切れない皮があるのです。でも、口の中のものを
人様の前で出すのは悪いと思って、私はそれを飲みくだしてしまいました。
そこの奥さまが、「おまんじゅうの紙はここにどうぞ」とおっしゃって
小皿を出してくださった時、「!」と気が付きました。私はおまんじゅうの
敷紙を食べてしまったのでした。前は経木を小さくしたのがついていたからね。
家に帰って母にその事を話すと_さて、ここからが辻占せんべ≠フ話です。

母が近所の家におじゃました時、お茶菓子にぽっこりふくらんだおせんべが
出ました。噛むと、何か異物があるように思いましたが、
やはり人様に失礼と思って、のみこんでしまいました。
そこのお家の方が「どんげの辻占が出ましたいの?」ときかれた時、
母は「!」となったのです。母は辻占を食べたのでした。
母娘は同じようなところで恥もかきます。
今ではお菓子の流通もよく、もう辻占を飲み込む人も、肉まんの紙を
食べる人もいません。
あれから五十年ほど経ちます。
母が知らなかったということは、辻占せんべというものは
昔から長岡にあったものではないということになります。
ただ、私の家は料理屋でしたから、辻占というものには無縁ではありません。
よく、つまようじの紙だとかおつまみ(乾き物のかきもちなど)などを
くるんでいるのがそうだったように覚えています。
今でいえば上等の紙でした。いい占いが出ると、(たいていは吉なのですが)
芸者衆などはうれしそうにしわをのばして、ふところに大事にしまいました。
夕方とか夜に、天井から蜘蛛がするすると降りて来たりすると
「夜ぐもよう来た。縁起がいい」などといって喜んだものです。

お彼岸だんごは、確か昔は白ばかりだったと思うのですが、お寺によって
二、三色にいたします。仏さまはけっこうかわいらしいものが好きとみえます。
私のお寺(小千谷の片貝)では、お彼岸入りの少し前になると、村中の女衆が
お寺に寄って、たくさん作り、それを本堂にひろげておくのです。
それが三色で、まるでカーペットを敷いたように見えるので
おまいりに行った時、うっかりぱたぱたとあがってしまいます。
足を踏み入れたとたん、そのふにゃりとした感触に飛びあがり、
そのご無礼をお寺の奥さまにおわびいたしますが、その後でまたまた
うっかり踏みこんでしまいます。それほどきれいに広げてあるのですから・・・
なにせ、田舎の古いお寺です。のんびりした話です。
その広げただんごは、少しづつ袋に入れて、村の人たちにあげるのでしょう。
だからくちょっと潰れたのもたぶんはいっていたことでしょう。