縁起菓子

五泉粟嶋さまの菊型しんこ

越後のインノコ朔日のことを調べていた時に、五泉では昔、「うらしまやが正月の市に
干支の動物などのしんこ細工を売っていた」という記述をみつけ、まずは行ってみようと思いました。
はたして、昔話にでも出てきそうな名前の浦島屋さんは、まだ営業されていることがわかり、
教えていただいた通りに行ってみて、その名前のお店を見つけた時は、
お店の雰囲気もあって、うれしさと、狐につままれたような気分とが半々でした。

しんこ細工をされていたおばあちゃまは、しばらく前に引退されてしまって残念でしたが、
夏の粟嶋さまのお祭りに、菊型のしんこ餅をつくることがわかりました。

それからさらに2年。ようやく、菊型しんこを目当てに、7月13日の粟嶋さまの祭礼に出かけてみました。
お店には、菊型しんことともに、粟まんじゅうも並び、ここでも信仰と粟まんじゅうの密接な様子。
この頃、粟まんじゅうは気になるもののひとつです。粟嶋さまも「淡」ではなく「粟」の字を使います。
菊型しんこは生地も餡もおいしく、越後の縁起菓子の底力を感じさせる味わいでした。


午前中でほとんど売れてしまうという朝生屋さんなので、お昼頃には定番の菓子はもうありません。
祭のときだけしかつくらない、菊型しんこと粟まんじゅうにはなんとか間に合いました。


初めて訪ねる粟嶋さまは、小さめのお社ながら、地元の方々に大切にされてる様子がわかります。
世話人の方々がちょうどご準備を終えて、くつろいでいらっしゃるところでした。


拝殿にあげていただき、いろいろお話を聞くことができました。蝋燭立てが富士山型、茄子の飾りもついて縁起がいいデザイン。
少彦名命、大名持命(大国主命)、莫来戸神(くなどのかみ)を祀る五泉の粟嶋神社は、天正元年(1573)にこの地に勧請され、
主に、子授け、安産、五穀豊穣の守り神とされています。莫来戸神は塞の神のようです。


おみくじはといえば、神社の名入りで、昭和の初めにつくられたものでした。使い込まれた箱や引き出しです。



御紋菓は、長岡は「おみごく」と呼びますが、五泉では「おみこく」だそうです。
製造シールには「粉菓子」と書かれていて、やはり越後よねー、と実感。
もうひとつの神紋は粟穂です。少彦名命は粟にはじかれて、常世の国に帰ったという謂れからでしょうか?
農業の神様にはぴったりですね。他にも天神社などでは、宝舟ともつながるガガイモが神紋のお社もあるようですし、
天神さんと習合したところでは梅鉢紋ということもあるので、少彦名命はややこしい。けれど、魅力的な神様です。



駅と粟嶋さまの中間地点、昔は五泉城があったというところに、五泉八幡宮があります。
五泉城は、上杉景勝家臣、甘粕備後守影継が城主でした。その後、景勝に従い、会津、そして米沢へ。米沢で没しました。
その息子、ルイス甘粕右衛門信綱は、熱心なキリシタンであったため、保護者であった景勝亡き後には処刑されてしまいましたが、
2008年ローマカトリック教会により、ペトロ岐部ら187名とともに福者として列福されました。
驚くことに、上杉米沢藩からは最も多い53人が列福されたのでした。
五泉八幡宮や境内後ろの天満宮などの摂社を前にし、いまだに歴史の続きに立ち会っている感覚を覚えました。

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2009.7