砂糖人形をめぐって

どれも中が空洞の砂糖人形です。
砂糖液を煮詰めた後、火からおろして攪拌(「摺り」)します。
空気を含んで沸騰する砂糖液を、一昼夜水に浸しておいた型に流し込み、
すぐに型をひっくり返して、余分な砂糖液を流し出すと、中が空洞になります。
砂糖液はまもなく冷えるので、型からはずして乾かし、その後彩色します。
彩色前までの工程は、立体のチョコレートの製造工程と似ています。
歴史からいえば、チョコレートはこの砂糖人形の型や製造を継承しているようにも思います。

写真の金花糖たちは、ほとんどが何年か経つため、半透明な感じが消えてマットな白肌になってしまっています。
一番上の犬張子は、江戸の金花糖職人さんの廃業前の最後の頃に入手。
骸骨は、メキシコの「死者の日」(11/1、2)につくられるもので、17世紀から伝えられている製法だとか。
右の女の子は報恩講や雛祭に、その下に小さい「福徳」種はお正月の金沢のもの。
真ん中の鯛とその右下の天神は、新潟の天神講(2/25)の金花糖。
鯛によりかかる犬は、唐津の砂糖菓子です。廃絶した佐賀の寿賀台用の尉と姥もご覧ください。
そして、左に北フランスのクリスマスの幼な子イエスの砂糖人形bebe en sucreです。


このフランスの砂糖人形(金花糖)にたどりつくまでのことは、話が長くなるのですが、
20年ほど前、パリのお菓子屋さんで、袋にたくさん詰められ、売られていた幼な子の砂糖菓子(写真上左)がはじまりでした。
それは香料の匂いが強く、コーンスターチ系?の、日本にもあるフルーツなどをかたどった駄菓子(写真上右)と同じものでした。
こんなにたくさんの幼な子の砂糖人形を何に使うのか?と思いました。

その後、フランスの行事菓子の本の中で、北フランスでクリスマスにつくられるクニュの飾りであることがわかり、
さらにベルギーにもあるという、そのクリスマス菓子について、ベルギー人に聞いてみたこともありました。
自分でも不思議なほど愛着があったので、この砂糖菓子を元型にフェーヴをつくってみたり・・・

そうこうするうち、とうとう!友人がフランスよりお土産に持ち帰ってきてくれたのが
金花糖系砂糖菓子(下左)の幼な子を含む、コーンスターチ系砂糖菓子(下右)などの数種!のbebe en sucreでした。
ほんとうにうれしくて、同時に金花糖のような砂糖人形があることに驚きました。
さらに、友人がフランスのお菓子屋さんのクリスマス商品が並ぶ棚を撮ってきた写真にも、
金花糖!と思える(その時は私ひとりの思い込みにすぎませんでしたが)天使の砂糖人形も写っていました。
何年か見ているうちに、やはりこれは金花糖に違いないと確信に近いものを抱くようになりました。


そして、それを確かめる機会がやってきました。
今年の1月、伊勢丹での「サロン・ドゥ・ショコラ」です。砂糖菓子をもたらしてくれた友人もかかわっていることもあったのと、
あの狭い空間に何人ものMOFのチョコラティエがいるなんて、フランスでもそうはありえない、またとない機会なので、
少し人の波がひいた夕方頃に出かけて行き、彼女の達者な通訳もあって、何人かのショコラティエに、
金沢の金花糖を見せては、こういう菓子を知らないか?と聞いてまわりました。

本当に驚いたことに、ファブリス・ジロットさんがご存知だったのです。
木型を水につけてから使うこともご存知で、また、昔のお菓子なので今ではほとんどつくらないこともわかりました。
感動でした。


左が金花糖タイプの幼な子。下は別の菓子、エリーゼンクーヘン。何年か経ったので、だいぶ不透明になっています。
右のチョコレートがけは、最初のきっかけの幼子と同じ、コーンスターチを敷き詰めた箱に型を押し、そのくぼみに流して作るタイプ。
ベルギーのマリアさまも同じ製法の駄菓子です。
スペインの支配の影響をうかがえるカトリックの行事菓子が残る、旧フランドルあたりが、同じく金花糖系砂糖菓子の残る地域です。
これらの幼な子を見つけてきてくれた友人のブログ『A la recherche des douceurs perdues』はおすすめです。



このほかにシチリアに、11月2日の死者の日に売られる砂糖人形Pupi di zuccheroがあります。
マルチャロ・マストラヤンニ主演の『みんな元気』という映画には、この砂糖人形が効果的に使われ、
その半透明の質感、割れたときの様子を見ていたので、
長い間この砂糖人形も金花糖ではないか?と思い続けていました。
シチリアの菓子は、スペイン菓子、つまりはアラブの影響が強くあり、興味深いですし、
イスラーム時代には砂糖流通の通り道、拠点ともなっていましたから、砂糖人形が残っているのもうなずけます。

そして、やはり今年、やっとその製法を確認できました。それは下のYouTube動画でした。
本当に、驚くほど金花糖と同じつくりかたです。映像もクリアでよくわかります。
撮影者の許可を得て、ここで見ていただけるようにしました。



この砂糖人形はシチリアの人形劇の内容とも呼応しているようで、騎士と踊り子が古いモチーフのようです。
さらにそのルーツ、アラブの砂糖人形も、騎士と花嫁が典型的なモチーフだそうです。
11世紀くらには、カイロの甘菓子屋(ハルヴァなどを売る)で売られたり、
預言者誕生祭に繰り出す山車には砂糖でつくられた宮殿や人形が贅沢に飾られていたそうです。
アラビアの砂糖菓子の高度な技術が、精糖技術とともに伝わったことがよくわかるのですが、
カイロでもすでに廃絶寸前のようです。世界中で同じような状況ですね。
こちらのブログの「人形がいっぱい!ムハンマド預言者生誕祭」のページで砂糖人形の貴重な画像が見られます。
この「3兄弟とエジプト生活」ブログは、エジプトのお菓子がとてもたくさん語られ、見ることもでき、宝の山です。
また、『砂糖のイスラーム生活史』には長いスカトーをはいた女性の木型も紹介されています。

アラビアの砂糖文化が、地中海地域(シチリアと向かい合うチュニジアなどにも現存)、イベリア半島に根をおろし、
さらに大航海時代をむかえることで、各国にもたらされました。
そして、それぞれの文化の中で、砂糖人形は行事には欠かせない存在となり、日本にも根をおろしました。
しかし、日本でこの中空の砂糖人形が残るのは、いまや九州・北陸地域(新潟含む)だけとなってしまいました。


やっとこうしておおざっぱな報告できるようになったのは、友人とインターネット動画のおかげです。
また、メキシコの骸骨づくりを、やはり今年10月にテレビの2.3分の番組でみ見ることができました。
オアハカのお菓子屋さんが、骸骨づくりをするシーンが写り、素焼き陶器の型に泡立つ砂糖液が注がれるところなどが、
ものの30秒ほどでしたが、確認できたことが大きな前進でした。


参考:『砂糖のイスラーム生活史』佐藤次高 2008 岩波書店

マイセンの磁器人形の前身が砂糖人形であったことについては、「金花糖と磁器人形」で。

金沢の金花糖の製造方法も、加賀銘菓の越野さんのご好意で、動画で見ていただくことができるようになりました。


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