金花糖のこけし

こうした砂糖人形は、今では、シュガーロード(長崎街道)沿い、金沢を中心とした旧加賀藩領域、
そして新潟に残るだけになりました。この3つの地域には、海のルートでつながりがありそうです。

(江戸の職人さんは廃業されたようで残念ですが、一部引き継いで下さる方があり、うれしいことです。)

金花糖と呼ばれる砂糖菓子は、やはり行事の折にたくさんつくられています。
金沢では今はもっぱら雛祭ですが、かつて11月の親鸞聖人の命日の法要である報恩講の時も盛んだったそうです。
報恩講の法要のある日、お寺での親たちの席をとる役目をいいつけられた子供たちが、
買ってもらった金花糖を手に寺へ行き、確保した場所に並べ、金花糖自慢をしながら遊んだそうです。
お寺のお堂の中に、金花糖が並んだ光景を思い浮かべただけでも、ほほえましい。
馬に乗った子供や、船や飛行機といった、まさにおもちゃとしての金花糖が大活躍です。

場所取りのお役目が終えた金花糖は、無事子供たちの手に。
子供のおもちゃとしての砂糖菓子が活躍したのは、歴史の中でみたらほんのひととき。
報恩講の金花糖は昭和の初期くらいがピークで、自然と廃れてしまったようですが、
その時代を過ごした子供たちの記憶にしっかり焼きついているようです。



十三参りの風習は金沢にもあったそうですが、なにかそんなことも思わせる晴れ着の女の子たちです。
こけしも女の子の金花糖も、ともに金沢の加賀銘菓越野製です。

参考文献:「金沢市史」


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2010.3