
マダレナ madalena(西) madelaine(仏)
マドレーヌというお菓子は、日本人にもとても馴染みのあるお菓子ですね。
これはまだスペインを行ったり来たりしていた頃、10年以上前にある方からいただいたコピー。
「マダレナについての覚書」の部分です。詳しくは今後別記します。配合も興味深い点です。
天正少年使節の少年たちが、実際にマダレナを食べたかどうかはわかりません。
しかし、このときが日本人とマドレーヌの最初の出会いだったかもしれないと考えると胸が躍ります。
王様の饗宴に出されるのですから、この時代の格式ある菓子だったわけです。
形は不明ですが、「小さなお菓子」と記述があります。
この時代大ぶりで切り分けるタイプが多かったと思われるので、1つをそのまま手に取れる愛らしいお菓子は、
まだ珍しかったのではないでしょうか?
おそらくビスコチョと同じように、紙のケースに流して焼いていたのではないかと思われます。
宮廷菓子であったものが、一般に広まるまでには、砂糖や小麦、卵を潤沢に使え、窯を持っていた修道院で焼かれていたと考えられます。
そして、ビスコチョやチョコラーテのように、スペインからフランスへ入り、さらに洗練されたのではないでしょうか?
日持ちがよく旅の間も持ち歩いたとされるマドレーヌ、その形がほたて貝だということも
マドレーヌの道がサンチャゴ・デ・コンポステラへの巡礼の道と重なってくるように思います。
巡礼の道をともに歩み、命をつないだマダレナ。
フランス人は巡礼から無事帰った時、その思い出として、聖ヤコブの日に、サンチャゴ(聖ヤコブ)のしるしである、
帆立貝の形に託してマドレーヌを焼いたのではないか?と想像します。もちろん、帆立貝の形だけでなかったでしょうが。
16世紀のスペイン宮廷で好まれたマダレナが、18世紀フランス各地でつくられるようになったマドレーヌと
網の目のように伸びた聖ヤコブの道でつながっているように思えてなりません。
古い菓子ほど信仰とは切り離せません。
生きていくことが厳しい時代に、菓子は特別な時、敬虔な思いとともにいただくものであったわけです。
だからこそ、聖マグダラのマリアの名を戴いた、古くから変わらぬ菓子が今も愛されているのだと思います。
今年2010年は、聖ヤコブの日7月25日が日曜に当たる「Xacobeoシャコベオ」ヤコブ聖年です。

アトリエココ傘下のNPO法人「おやつくらぶ」の会報誌17号にも、「16世紀のマドレーヌ」という小さな記事を書きました。
バニラや発酵バターを効かせ、しっかり焼いた今風のフランス菓子のマドレーヌも好きですが、アトリエココのマドレーヌの基本に忠実な、
やさしい味わいは、不思議とマダレナを思わせ、私にとっても感慨深い味わいです。
一番上の写真のバックに写っているのは、2007年の大阪の国立民族学博物館の展示「聖地★巡礼 自分探しの旅へ」の図録表紙(部分)です。
