縁起菓子

村上の駄菓子とさくら飴
新潟県でも山形の県境に近い村上市。
県内の中越地区とは違い、東北地方の影響を受けて、駄菓子があります。
村上の椎朱(ついしゅ)の盆に細工町のほんま屋さんの駄菓子を盛ってみました。
上から、越後米満作おこし、びっくりかりんとう(長さ20cm程)、梅干菓子、黄な粉ねじり、大将パン。
本間屋さんの「昔のお菓子」は上質の素材を使うとのことで、味は洗練された駄菓子です。
この他に兎玉があるようですが、売り切れでした。


ユニークなのは、梅干菓子です。はっか風味の硬めの求肥生地で飴を梅干の種のように包み、
作った後、5日ほど寝かすと、中の飴が砂糖がえって、すっと噛めるような堅さになり、
外の生地と馴染みおいしくなるというもの。おそらくこちらのご主人だけの技になってしまったとのこと。

半分に切ってみると、透明の鼈甲色の飴だったものが砂糖がえっています。

上の「さくら飴」は毎年地元の羽黒神社にて二年詣りの時だけ(大晦日と元旦)に売られていました。
この飴にはその昔の少年の飴売り話が秘められているそうです。
それは、「子供が重箱を持って飴を仕入れに来る。親戚や近所に売り歩いて買ってもらい、
そのお金で筆や紙を買って書き初めをする。」というものです。
この少年の1日飴売りは村上だけでなく、東北地方でも行われていた記録があります。
他にも、金沢での話が石橋幸作さんによって「駄菓子風土記」に書かれていました。それによると、
「玉飴」と呼ばれ、「正月に限って子供が売りに来るもので表面に竪筋があり、
中は空で蜂窩のような形を2つ連結したものですが、身代も子供も蚕も馬も、
まるまると肥えるようにと祈って、神棚に供えるのです。」とのこと。
金沢の「玉飴」、今は消えてしまったようですが、お正月にふさわしい縁起のよい飴ですね。
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