縁起菓子

庚申の七色菓子

『いとおかし』ですでにご紹介ずみの水原の椿餅について、長岡の図書館で資料を調べていた時、
偶然にも「七色菓子」と書かれた袋の写真を発見!
我が目を疑うほどでしたが、庚申の七色菓子であることに間違いありませんでした。

私が庚申の七色菓子を初めて知ったのは、中山さんの著書「和菓子ものがたり」でした。
江戸時代の七色(菓子)売りの描かれた絵図と一緒に紹介されていました。
ずいぶん流行ったお菓子だったようですが、もう幻の菓子というのが一般的な認識でした。
なぜかこの七色菓子に魅かれた私は、本を見るたび、七色菓子って?と想像していました。

そのお菓子に出会える初庚申の祭礼日(今年は4/1)を待って、猿田彦神社へ出かけていきました。
中身は普通の袋菓子とりどりでしたが、屋台に七色菓子の袋がたくさん並ぶ様子に、なんだかジーン。
我を忘れてしまい、袋が並んだ様子を写真に撮るのを忘れちゃいましたぁ。


新潟・阿賀野市の猿田彦神社。オゴシンサマとして親しまれる。奥のほうの屋台に七色菓子が。


神社に向かって左に庚申塚があり、一身四手の、仏教でいう青面金剛のお姿が彫られていました。
各地の庚申塚や庚申堂は廃仏毀釈の折にずいぶん壊されたと聞きます。
そんなことも七色菓子が無くなった一因なのでしょうか?
ついでながら、庚申ばらは60日ごとに巡ってくる庚申の日のように何度も咲くので、そう呼ばれた野ばらです。
野ばらの名前にもなるくらいですから、「庚申」って今よりずっと生活に密着していたのかな?




大阪四天王寺庚申堂では今も、菓子ではなくなったのですが、七色守りを授与しています。
『摂津名所図会』にはこの庚申堂の「七色受所」が描かれています。
初庚申にのみ売られるという新潟での庚申の七色菓子は珍しいと思いますが、
まだまだどこかに七色菓子の名残、残っていそうです。

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