七尾の大豆飴と椿餅

七尾に出かけたのは、それまでに地震の被害などもあって、タイミングを逸していた
お目当てのお寺の行事がやっと今年はなんとかできそうだとお聞きしてのことでした。
そして、七尾に行けたら是非に、と思っていたお菓子が「大豆飴」(まめあめ)と「椿餅」でした。



以前いただいた時、州浜の類はあまり好きではなかった私が、あっという間にたいらげてしまったほどの
おいしい「大豆飴」をつくるお店に、高岡からのバスで七尾到着後、すぐに行ってみました。
「大豆飴」は江戸中期の「和漢三才図会」にも記載されていますが、とても古いお菓子です。
海上交通の要所である七尾にも、北前船で砂糖が運ばれるようになりますが、
砂糖を使うより以前の、飴を使い、大豆の粉と合わせたお菓子です。
もちろん七尾だけのお菓子ではなかったはずですが。

飴とあわせることで、砂糖のようにしまって硬くならず、さらに、こちらの大豆飴は薄くのしてあって、
この薄さがなんともお気に入りなのでした。
祝い菓子の話などを聞かせていただき、立ち去りがたかったのですが、次なる「椿餅」のお店へ。
椿餅はつくっていらっしゃるところが二軒あることもわかりました。



夕方でしたので、大森屋さんのご主人みずから、お店に出ていらっしゃいました。
一見して、新潟の水原の椿餅とも通じるものがありそうです。
こちらでも小麦粉を入れるそうですが、水原よりはもっちりしていました。

前田土佐守家には「椿餅」の製法が残されており、それを見ると、「御前菓子秘伝抄」の製法と
ほぼ同じようですが、切り分けたものを椿の葉ではさむように書かれています。
新潟などとともに、江戸時代に流布した菓子の製法をいまだに守り伝えているということでしょうか。

実は新潟県内にはまだ他にもつくっているところがありますし、会津にも少し違いはありますが、
椿餅があり、私はこの椿餅の残っているルートが気になっています。
きっとまだ他の地域にもこの四角い椿餅が残っているのかもしれませんし、
なぜこの「椿餅」であったのか?ということも、もう少しさぐってみないといけません。


もう一軒の長浦屋さんの椿餅(左)と並べて。裏返しにしてあるのが大森屋さんの椿餅。大森屋さんの「大豆飴」も、絶品!




七尾の初夏の祭り「青柏祭」の菓子といえば、「ながまし」だそうです。
赤と緑のいら粉のつけられた餡入りの餅ですが、今はつくっていないのよーと
お菓子屋さんではおっしゃっていたのですが、駅の売店で発見!複雑な心境。

右は高岡の朝生屋さんの「色大福」。
高岡も七尾も加賀藩の城下町だったところ。金沢にも似てる物が!とお気づきの方も多いのでは?
中央からの目線では決して見えてこないところにこそ、面白い発見がたくさん。
菓子についてもたくさんの示唆をいただいて帰ってきました。

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2008.10