笹野一刀彫「古代ぽっぽ」

小正月行事に、まゆだま(餅花)とともによくつくられていた削りかけ。
今年は元日の「アボヘボ」に始まり、米沢の笹野花
みなかみ町の河合さんの削りかけなど、いくつかの削りかけを訪ねました。

その削りかけ巡礼の旅での発見のひとつが、上の写真の、胸に「田んぼ」の柄が描かれた「古代ぽっぽ」です。



1月17日、雪の米沢へ。笹野観音十七堂祭を目指して出かけました。
今年は暖冬だったため、雪は少ないとはいえ、朝の境内はまだ一面雪に埋もれており、除雪がはじまったばかり。
山門の内側には、花小屋が立ち、皆さん準備に忙しくされていました。
午後の祭の頃に行ってみると、雪の上に道場ができあがり、祭壇の前には笹野花が供えられていました。




笹野観音の参道にある高橋信行(翔鷹)さんの工房には、たくさんの新旧の作品が展示されていました。
枝ぶりのよい木に鳥をとまらせた「ボク」と呼ばれる作品は、蓬莱山的な意匠なのでしょうか?
以前は花市でも売られたそうで、古い写真でも確認できます。
笹野観音の素晴らしさに魅せられ、修験道とも結びついた笹野一刀彫の多種多様な技に圧倒されました。
その中で特に気になったのが、古い時代の煤けた「お鷹ぽっぽ」でした。
煤けていながらも、赤く塗られていた様子もわかり、胸には「田んぼ」「米粒」「山の木」が描きこまれています。



雪のない次期に再訪し、その「古代ぽっぽ」を再現してつくっていただけないかとお願いしてみたところ、
私の勝手なお願いにもかかわらず、快くつくってくださったうちの1つが、一番上の写真です。
「米粒」「山の木」の柄は、展示されている古いものを見ていただければわかると思います。
その胸に「田んぼ」「米粒」「山の木」などを描き、豊作を祈ったことは、小正月の削りかけ本来の意味あいとも一致します。
大切な山の木、山の神が宿る木を削り、そこに五穀豊穣の祈りを込めた、
その当時の人々の切実なる思いが伝わってくるようです。

今は民芸品となっている「お鷹ぽっぽ」ですが、初めは信仰のための削りかけでした。
現在は、若い芽が食用にもなるという白い肌の木、コシアブラを使いますが、
昔はミズキをつかったであろうというお話は、火伏せなどの呪物として、素朴で、シンプルな削りかけをイメージします。
そして、鳩の形になったのは、戦国時代後期から江戸時代初期にかけてではなかったかとも思っています。
鳩でありながら、全体を赤く塗っていたということも、私には非常に気になる点で、これからの課題です。
いずれにせよ、「鳩」が、笹野観音とは切り離せないひとつの信仰のかたちであると感じています。



同じく高橋信行さんの「お鷹ぽっぽ」と削り花「笹野花」と菓子「お鷹ぽっぽ」(永井屋製)
「お鷹ぽっぽ」が鷹なのは、名君として名高い、9代藩主上杉鷹山にちなんだからなのでしょうか?
作者、高橋さんのご先祖は、越後から、会津、米沢と移封になった上杉景勝家臣、直江兼続の「家来だった」とのこと。
上杉本藩が会津より移ってきた際、直江兼続とともに先に米沢に入ってた与板衆は城下を明け渡し、笹野へ移ったとのこと。
長岡人としては、さらに強く因縁を感じてしまうのでした。

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2009.8