お菓子でできた天神さま

越後の天神さまのお菓子をたずねるうち、お菓子でできた天神さまが集まりだしました。
上の天神さまは、今年いちばんのお気に入りの粉菓子(押しもの)の天神さまです。
分水町の横田屋さんという「越のひむろ」という銘菓で知られるお菓子屋さん製です。
ちょっと横向き加減の天神さまの袴や帯の柄は、細い線までしっかりと出ています。
こちらでは金花糖も自家製で、まだ時期的には少し早かったのですが、すでに粉菓子とともに並んでました。

天神さまの前には、やはり分水の清水屋さんのミニ金花糖の(狛)犬と、灯篭を置いて。
この細かい金花糖はいくつか袋詰めで売られていました。
子犬は2匹とも同じ向きだったので、向かって左の子犬はちょうど天神さまと目を合わすような具合です。
さらにちょうど涅槃会のお団子があったので、お供えてしてみました。
「天神さまは細かいものがお好き」などとも言われ、豆やあられなどを炒って、供えるそうです。




横田屋さんの天神さまは粉菓子の他に金花糖の大小があって、写真は小さい方です。兎を狛犬がわりに。
他にも二股大根(写真右。まゆだまと一緒に)や、ほおずきなど昔ながらのモチーフや、
土人形にも通じるような、本を読む女の子、兎を抱く男の子などもあって、魅力を感じました。

また、粉菓子製の灯篭もあったので、来年はあの灯篭を買ってこようかしらなどと考えたりして・・・
まるで、毎年少しづつ集めるというサントン人形の世界だなぁと苦笑。
そして気づいたことは、りっぱな天神像には触らせてもらえない子供たちにとって、
お菓子の天神さまは、お菓子の狛犬や灯篭を飾り、お菓子の小さな鯛をお供えするなどして、
自分だけの天神さま飾りを遊ぶことのできた、まさに玩具菓子のような存在だったのでは?ということでした。

とすると、金沢の「福徳」の中の入っている金花糖や土人形に、鯛、灯篭、狛犬、そしてお鏡まであるのは、
もしかしたら、天神堂をお正月に飾る金沢ならではの、子供用の天神さまセットでもあったのかな?と思い、
天神さまのお菓子に対する見方が、またひとつ幅が広がった気がしました。

廃絶した新潟県内各地の土人形は、天神さまが必ずといっていいほどつくられていました。
その土人形の代わりを担うかのような、金花糖の天神さまや、灯籠、犬、恵比寿大黒などの菓子群です。



お店によって、天神さまもいろいろ。そのうち、ひな壇をつくってお菓子の天神さまだけを飾ってみたいもの。
下に並んだお菓子は三条の松坂屋さんの「都忘れ」と極上品の「庭砂こう」


越後の天神さま行事は、長岡周辺より北では2月25日(旧暦時代は1月25日)、出雲崎、柏崎では1月25日ですが、
柏崎の旧家など、立派な天神像を所蔵するお宅では、旧加賀藩領内の旧家と同じく、お正月に天神さまを飾るそうです。
能登七尾ではこの頃、5月の青柏祭の時期に合わせ、旧家所蔵の天神像が飾られ、見学できるイベントがあるようです。
能登は越後との関係が意外にも深く、天神さまの行事ひとつにも、合い通じるものを感じます。

学問の神様として慕われることで行事は存続し、受験シーズンとも重なるため、とても盛んなのですが、
越後の天神は元来菅原道真ではなく、天の神。戦国時代には天主(守)を守る神でもあったと思われます。
上杉景勝の家臣、直江兼続が、自身の与板城の搦め手にあたる日吉神社に奉納した天神木像の発見のニュースは
中世越後の天神信仰を考える上でも、大きな示唆をもらった気がしています。


これは燕市吉田町の皆川菓子舗の天神講の金花糖セット。
持ち運ぶ間に鶏が壊れてしまい、奥に頭だけ見えています。
同じ燕市分水町周辺には、現在も天神講の金花糖をつくるお店が集中しています。

天神講、天神菓子についての記事は『越後*菓子*民俗』にもあります。


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2010.3