その2 うば玉

主に、慶事・仏事に用いられるお菓子です。仏事だと、白と緑になります。
店頭に並ぶというより、冠婚葬祭時のいただき物の箱の中に、きれいに並んでいる
ちょっと特別なお菓子で、お饅頭や、羊羹より上等な気がしたものです。
ところが、今では、そういったハレの日のお菓子は洋菓子におされ、
餡がたっぷりで、甘い「うば玉」は、ちょっと昔のお菓子になりつつあります。
それでも、婚礼用に大きな「うば玉」の紅白2個の詰め合わせをつくるお菓子屋さんも健在です。
大きなうば玉が「三つ盛」「五つ盛」などの、引き菓子の中の1つとして入っていると、
わが家では、うば玉が一番人気でした。
長岡を離れてからは、うば玉に出会うこともなくなり、いざ探しても店頭には並んでいません。
そこで、小千谷の松月堂さんにお願いして、2、3箱だけの注文でつくっていただきました。
県内のお菓子屋さんなら、きっとどこでもすぐにつくってくださると思うのです。
菓子としては、特別な材料を使うというわけでもなく、つくり方もいたってシンプル。
小豆餡(ゴマを少し練りこむ場合も)を求肥で薄く包み、新潟の場合は粉菓子(落雁)の種
つまり、微塵粉と砂糖を合わせたものをまぶすというか、上からふんわりかける感じでしょうか?
長岡では、「うば玉」ですが、小千谷では「千歳」ともいいます。

金沢の「千歳」は有名ですが、同じ加賀藩内だからでしょうか、二代藩主前田利長が開いた高岡でも「千歳」。
こちら(旧加賀藩地域)では、和三盆のみを使うようです。
「千歳」は包んで店売りとなるので、長岡のうば玉のように、ふわりとしたイメージはなくなります。
餡も、加賀風に飴入りの餡を使うところが多いようです。
昔は京都が本店だった虎屋さんでも、「千歳鮓」という菓銘で古くから記録にあり、
今でも、店売りの季節の生菓子の1つとして販売されることがあるようです。
また、平戸の松浦家所蔵の菓子絵図帖『百菓の図』(1841年)には「烏羽玉」が描かれています。
最近、地元のお菓子屋さんによって再現され、販売もされていると聞きます。

長岡でさえ見ない(包み紙がないので)「うば玉」の文字を、弘前で見るとは!
包まれていたため固まってしまった粉砂糖を、勝手ながら、ふるいなおしてみました。
そして、思いもかけないところで、「うば玉」に出会いました。
弘前の大阪屋さんでは、店頭に、「うば玉」とかかれた紙に包まれて並んでいました。
長岡では紙に包まれることはなく、店頭で「うば玉」の文字を見ることはありませんから、
初めて見る、印刷された「うば玉」の文字に、わが目を疑うほど。うれしい不意打ちでした。
こうしてみると、またも日本海側の菓子文化の充実とそのつながりを思わずにはいられません。
まだ他にも、京都や福島県白河の「烏羽玉」など、名前や、形状が少し違うものをふくめ、
類似の菓子が各地に点在しているようです。
その昔は紙に包まれることはなかったでしょうし、包まないほうが、周りのまぶし粉がぺったりとならず、
それが、この菓子の本来の気品あるかたちだったようにも思うのです。
長岡あたりでは、普段の店売りの菓子ではなかったせいか、今も紙に包まれることなく、箱詰めされます。
うば玉はどれも、持ち帰ち帰る時に、ちょっとつぶれてしまって、本当は写真に撮るのをためらいました。
越後の「うば玉」はやはり「ふんわり」がいいなと。
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2009.10