
西讃岐の梅が枝
約40年前に出版された『日本の菓子』富永次郎著(現代教養文庫)が手元にあります。
一枚の厚さが1ミリ程ですが、各色二枚づつで三色重ね合わせ、ぴったりくっついています。
著者が40〜50年前の日本各地を歩いて、その土地土地の菓子を取り上げています。
この本に登場する菓子の中でとても気になるもののひとつに香川県高松市の「梅が枝煎餅」がありました。
その説明文にはスケッチとともにこう書いてありました。
「かわいくて色彩ゆたかな煎餅である。米粉をうすくのした小型の長方形、
桃、白、ヒワの三色が三つ重ねになって古風な模様の包み紙になっている。
うすい甘味、肉桂の香がして、類を求めれば京都の「八ツ橋」だが、
「八ツ橋」のように焼いてなく、しめって、指で曲げることができる。
その一枚は紙のように薄く、女性的な菓子。江戸時代に四国巡礼に来た
京都の僧から、大黒屋富田保治という人が、その製法の伝授を受けたという。
古くは七つの味を合わせて作ったというが、現在はやや単純化している。」

六層になった状態では噛み切れないため、一枚づつはがして食べるという変わった菓子です。
最初ははがすのに一苦労していましたが、そのうちペリぺりッーとはがすのも
楽しみのひとつのような気がしてくる、なんとも不思議な菓子なのです。
かみしめるとニッキの風味と甘みの具合がちょうどよく、三国の「生せんべい」に似ています。
送ってくださった高松の知人によると、「梅が枝」をつくるお店は別の町にもう一軒しか残ってないとのこと。
高松では「梅が枝餅」と呼ぶようでした。上の本には「梅が枝煎餅」とあり、いろいろに呼ばれていたようです。
これが七色だったらさぞ綺麗で、巡礼の人々の目にとまり、よいお土産になったのでは?
なぜ「梅が枝」という名がついたのかも気になります。
「梅が枝餅」というと大宰府のほうを思い浮かべる人も多いのではないかと思うのですが、
讃岐の地でなぜこの名の菓子が親しまれたのか、さらに興味が湧いてきました。
しおりには長期保存に耐え、乾燥したらあぶったり、空揚げにするとよいとあり、
オーブントースターで焼いてみたらプクッと膨らんで、パリッとしたお煎餅になり、これもおいしい!
よく工夫された菓子だなぁと思いました。
最近は商標登録など、いろいろ難しい問題もありますが、こうした昔ながらお菓子がそのままつづいてくださいますよう!

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