筑後吉井の七夕麦菓子

筑後川を挟んで向かい合う福岡県朝倉市甘木・杷木や、うきは市吉井などの地域では、
子どもが7歳(小学1年生)になると「初七夕」を祝います。
七月七日に七歳の祝いをするというわけです。
この家庭行事には「七夕菓子」と、ツル付きの大きな「七夕西瓜」の贈答が欠かせません。

旧暦七夕が近づくと、お菓子屋さんは「初七夕」を祝うための
「七夕麦菓子」や金花糖を詰めあわせた七夕菓子をたくさんつくりました。
    しかし今では、子どもが少なくなり、またお菓子屋さんも減り、
うきは市では「とくど屋」さんがつくるだけになってしまったようです。

筑後川流域に点在する、旧暦七夕(実際は月遅れの8月7日)の「七夕菓子」を、
いけばな小原流会員誌『挿花』掲載の「ふるさとのお菓子を訪ねて」に 取り上げました。
その取材にうかがった折に、とくど屋さんにお送りいただくようお願いし、
8月7日が近づくのを楽しみに待っていました。

「七夕麦菓子」は、薄く伸ばした甘い小麦粉生地に食紅で絵を描き、フリーハンドで切り抜いて焼きます。
鯛、お相撲さん、筆、短冊、西瓜、彦星、茄子、桃、ひょうたん、巾着、どらえもんなどのモチーフがあり、
七つ(七種)で一袋として売られています。
なんとも素朴で愛らしい郷土のぬくもりにあふれた祝い菓子です。

昔はパン屋さんでもつくるほど売れたものだそうです。
朝倉市でも1、2軒つくるところが残るようですが、
七種の袋入りが売れたり、子どもの半身ほどのサイズ(写真下のお相撲さんなど)の注文があったりと
地域や地区により、飾りかた、贈りかた(昔はお嫁さんの実家から贈られた)もいろいろなようです。

小学1年生になった子どもは、画仙紙のような大きな和紙に、大きな筆で
「奉七夕」「天の川」「ひこぼし」「七夕さま」などを大書します。
それを座敷の天井から飾り、贈られた西瓜や菓子を供えます。家族で祝ったあとは、
切り分けた西瓜や菓子を載せたお盆を持った子どもが、親戚や近所へ返礼に歩いたものだそうです。

お隣の田主丸では、この麦菓子を八朔に贈っていたようで、途絶えた「博多八朔」や、
現在も行われている遠賀郡芦屋町や糸島市などの「八朔節供」(子どもの初節供)とも通じるところがあります。
七夕も八朔も、笹竹と短冊(小さな短冊から大書まで)が、祓いと願いを兼ねた重要なアイテムのようです。
しかし、七夕西瓜の稔らない新暦7月に行うところもあり、行事のありようも変わらざるをえなくなり・・・
本来の意味合いも薄れがちですが、興味深い名残りたくさんとどめています。



七種の麦菓子一式のほか、大きなお相撲さんの麦菓子も。家庭での飾り方はそれぞれ。
お相撲さんのような強く立派な大人になりますように!との願いが込められて。
穴があいているのは、飾るためとも、焼く時の空気抜きとも言われているようです。
本来ならば、ここにツル付き(ひとつだけ大きく育てた)の大きな「七夕西瓜」も供えられる。戸外には笹竹も。

梶の葉は我流。この時期になるとうちの周りあちこちで枝を伸ばしているので、摘んできて糸で吊るしてみました。
甘木の七夕菓子(落雁)もこちらのページの一番下でご覧いただけます。


とくど屋さんでは、春の「筑後吉井おひなさまめぐり」には、たくさんの「おきあげ雛」(押し絵雛)の展示もされます。
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2014.8